貨物線(深草集荷場線)の廃線跡探訪 |
伏見線 棒鼻付近
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京都市電では,戦後間もない頃に野菜輸送のために貨物線が存在したことがあります。 戦時下では,ガソリンなどの燃料は軍部に供給され,バス・トラックなどの自動車による公共交通・貨物輸送は困難でした。そのため,市民への必需品の輸送不足を補うために貨物電車による輸送が始まりました。 そのうちのひとつがこの伏見線棒鼻から出ていました。 左の写真は棒鼻交差点を北に向いた写真です(伏見線廃線跡参照)。伏見線はここから向かって左斜め(南西方向)にカーブしますが,貨物線は向かって右(東方向)へカーブしました。 |
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資料によると,棒鼻電停付近の下り線から分岐し,単線でたった60mだけ東に伸びていたようです。 写真は,上の交差点を東に向いたところです。伏見線は向かって左から右方向に走っていましたが,貨物線はここから写真右に見える路地に入っていったようです。 [平成21年3月] |
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