京電・伏見線(旧線)の廃線跡探訪

城南宮道 付近

七条停車場  
七条停車場南  
八条竹田街道  
 
十条竹田街道  
旧勧進橋跡  
旧勧進橋東詰  
深草下川原町  
 
竹田久保町  
竹田出橋  
名神高架下  
竹田七瀬川町  
城南宮道  
 
 東高瀬川に別れを告げ,旧道は細い道をひたすら南下します。
 まさに単線しか走れないほどの旧道ですね。
 やがて,城南宮辺りで旧道は現在の竹田街道と合流するのですが,道は行き止まりとなってしまいます。
 ここがその合流地点ですが,現在は家屋が建っているため旧道が寸断されたような形になってしまっており,道路は鍵型に左折します。もちろん,当時の線路は真っ直ぐ直進していたはずです。
 これは,反対に現在の竹田街道との合流地点から旧道をみたところです。

 上記の合流地点を南に向いたところです。
 ここまでが,伏見線の旧線です

 このまま線路は棒鼻方面へ走ります。

 この後,大正7年6月30日に京電は京都市に買収されますが,いつ旧線が新線に切り替わったのかは謎です。
 広軌化されたのは,買収後の大正12年6月26日であると記されていますが,複線化がいつだったのかも不明です。
 市電開通後は,市内線では競合のために複線化されたりしましたが,少なくとも伏見線の旧線では複線化は道路幅の関係から不可能だったものと想像しますし,市電との競合路線がないことからも買収時は単線のままだったとしても不思議ではありません。
 新線への切り替えが広軌化を意味するのでは?という見方もあります。
 (旧線についての地図と解説はこちらのサイトが詳しいです)

 とにかく,今では新道はこんな広い通りですが,旧道と比較すると面白いですね。

 [平成19年9月]

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